この度、大学を無事に卒業しました。
かれこれ入学して5年、あっという間だったなぁと感じています。
しかも、今回は首席での卒業のため、卒業生代表として謝辞(答辞)を述べさせていただきました。
今回は、感謝を込めて、あいさつを全文を公開してみました。
ぜひ読んでみてね。それでは。
拝啓、おりこうさんだった頃の自分へ
きっと今の僕を見て、君は驚くかもしれません。
大学へ通うために、地元福岡を離れること。
人間関係が一変して、君の周りの人とはお別れをすること。
挙げればキリがないかもしれません。
でも、一つだけ。ひとつだけ君に伝えたい。
僕は今、しあわせです。
謝辞
私たちの旅立ちにあたり、本日はこのような盛大な式典をご用意くださり、誠にありがとうございます。ご臨席を賜りました杉山学長をはじめ、ご多忙にもかかわらずご出席くださった皆様に、卒業生一同、心より御礼申し上げます。
私が本学に入学したのは、二〇二一年の春でした。お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、今から四年前ではなく、五年前になります。私は、入学してすぐに休学することになりました。高校時代に深々とついてしまった心の傷が、環境の変化で開いてしまったからです。パンデミックの時期だったこともあり、当時私は、終わりのない暗闇で過ごしました。主治医の先生から、復学へのドクターストップのお話もありました。
ですが、そんな私の居場所を、自分の命をかけて守ってくれた人物がいました。杉山学長でした。杉山学長が、お身体を病に侵されながらも発表した、自らの命を懸けて大学を見守るというプレスリリースをみて、私はこう直感しました。
「今、戻らなければ私は一生後悔する」と。
そして私は次の春に、実家を父に任せ、母と上京しました。
父は、定年退職後も再雇用の契約を結んでまで、私を経済的に、精神的に支えてくれました。
母は、毎日限界まで疲弊しきって帰ってくる私を、生活面で今日まで支えてくれました。
この場を借りて、父と母に伝えさせてください。二十三年間、本当にありがとう。
私の大学生活は、私が幼い時に夢見た青春そのものでした。つくるという人の営みを通して、毎日誰かと語り合い、時に笑い、時に涙した日々は、私の心に残っていた深い傷を、ゆっくりと癒してくれました。
しかし、時に心身が限界に達することもありました。その時に私の手を取ってくれたのが、伊藤さんをはじめとした大学事務局の皆様でした。私たち学生のことをいつも見守り、一緒になって成果を喜んでくれる姿に、私は大きな安心に包まれました。
そして、ただひたすら学びたいと全身で体当たりしたときに、先生方お一人おひとりが、私を全力で受け止めてくださいました。特に、私が所属する表現開発ゼミの鈴木雄飛先生は、先生ご自身の人生を私たちゼミ生にさらけ出してまで、私に、私たちに生きることの尊さを教えてくださいました。
私は人生ではじめて、学ぶということの本当の味わい深さを、このデジタルハリウッド大学で学びました。
卒業する今、デジタルとは何かと聞かれるとすれば、私はこう答えます。
デジタルとは一つの技術にすぎないと。
デジタル技術は万能ではありませんでした。全ての人を確実に幸せにする、そんな魔法ではありませんでした。
伝える。あらわす。語る。それら人間の全ての営みを構成するための、一つの技術です。だからこそ、私たちはデジタルハリウッド大学で「すべてをエンターテイメントにせよ」と、愛をもって学び続けました。
私たちは本日をもって、本学を巣立ちます。それぞれがそれぞれの道へ進みます。
しかし、今日まで学んだことは、大きな愛おしさとともに、私たちの遺伝子に、共通して深く刻まれるでしょう。
私も地元に戻り、本学で学んだあらゆることを、愛をもって伝えていきます。
私は、私たちは、本学で学んだことを人々の幸せをつくるものとして生かし、エンターテイメントクリエイターの信念をもって自らを律し、そして同時に人々を愛し続けることをここに誓います。
最後になりますが、杉山学長をはじめ、諸先生方、事務局の方々、ご来賓の皆様、ならびに常に私たちを支え励ましてくれた家族、大学で出会った多くの友人に心より御礼申し上げ、デジタルハリウッド大学の益々の発展を祈念致しまして謝辞とさせていただきます。
令和八年三月十五日
デジタルハリウッド大学 卒業生代表
五嶋龍也
前サイトの2026年3月末の記事より